第162回通常国会 外務委員会 2005年07月01日

○赤松委員長 これより質疑に入ります。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大谷信盛君。

○大谷委員 民主党、大谷信盛でございます。

 今ございました二つの条約について質問させていただき、残った時間で少しODAのことについて御質問させていただきたいというふうに思います。

 まず最初に、専門機関特権免除条約附属書XVについて簡単に質問をさせていただきます。

 これは、WIPOという知的財産をつかさどる国際機関が日本にやってくる、東京事務所を開設するという話があって、またそれに準じて国際機関にお勤めの方々が日本にこれから往来をするであろう。その方々にしっかりと国際機関で働く職員としての特権を与えようというものであり、ある意味、しっかりと、日本にこの知的財産権をつかさどる機関の方々がいっぱい入ってくるインフラができるというふうに理解をしております。

 このWIPOが今後アジアの中で、日本の、また世界の知的財産権をしっかりと守っていくような活動をしていく、そのために我が国としてはどんな支援を、またどんな構想を練ってこれから連携をしていくのかというようなことについて、まず最初にお示しいただけたらというふうに思っております。

○町村国務大臣 大谷委員にお答えを申し上げます。

 WIPOの役割につきましては委員今御指摘のとおりでございまして、国際的にも知的財産権というものが大変重視される時代になってきておるわけでございます。そのWIPOの活動を通じまして、知的財産に関する国際的なルールづくりでありますとか、発展途上国の知財に関する研修でありますとか、あるいは特に近年、周辺国で模倣品とか海賊版の対策というものが重要になっておりますが、そうした議論を進めるというようなことが重要であろう、こう思っております。

 今御審議をいただいておりますこの附属書XVの締結によりまして、WIPOの活動が日本の国内でより一層充実したものになるという、そのための環境整備だという委員の御指摘、まさにそのとおりであろう、こう思います。

 もう少し具体的に言いますと、知的財産に関する国際的なルールや海賊版対策について、WIPOの職員、専門家及びWIPOが招集いたします国際会議参加者との意見交換の機会がふえていくであろうということ、あるいはアジア地域を中心とした途上国に対する協力をWIPOと連携してやっていける、さまざまな効果が期待できる、かように考えているところでございます。

○大谷委員 具体的に教えてほしいんですけれども、今、例えば中国であり東南アジアであり、日本の知的財産、例えば音楽、またゲームといったようなものがたくさん出ているということで、中国にせよ、また別の国にせよ、国内の知的財産を守るための御努力はしていただいておりますし、日本も連携をしておりますけれども、さらに連携強化をしていこうということでどんな取り組みがあるのか。

 いわゆる共通の知的財産が必要なんだ、海賊版というようなものをなくしていこうじゃないかというバイの条約だとかマルチの条約だとか、そんな構想があってしかるべきだというふうに思いますし、知的財産戦略本部では、六月十日に、模倣品・海賊版拡散防止条約みたいなものを提唱していってはどうかというような案が出されております。

 それについて、具体的とはいっても、相手はだれにするかとか難しいのでございますけれども、何か構想があって、どのように外務省はこれと一緒に連携をしていくのかというようなことのお考えがあったらお聞かせいただきますようお願いいたします。

○町村国務大臣 その御提言でしたか、私どもよく承知をいたしております。まだ具体の形に十分煮詰められていないので、今後議論をしていきたいと思っております。

 ちょうどグレンイーグルズ・サミット、G8、サミットもございます。その場でも、実は総理の方から、そうしたものが必要ではないか、国際的な条約が必要ではないかというような呼びかけをする発言をしていただいてはどうかということで、今事務的にそうしたものも準備をしたりしております。

 国際的な足並みが一遍にそろうという状況にはまだないのかもしれません。しかし、賛同する国も当然あるだろう、こう思っておりまして、そうした面での、より内容を煮詰めると同時に、国際的な活動というものもあわせて両面でやっていきたい、かように考えております。

 国内の方は、特にWIPOの関係でございますと経済産業省が中心になってくるかな、こう思われますが、政府を挙げて努力をしてまいりたいと思います。

○大谷委員 人が集まって議論をすることによって、知的財産権が必要なんだというような認識、啓蒙活動というような場を大きくつくっていくことが仕事なのかなというふうに思います。海賊版をつくってもうけている人がいるわけでありまして、その国の中で、そういう不法なもうけ方じゃなくて、知的財産という大きな、中長期的に、中国や東南アジアにとっても、この制度がしっかりしていれば自分たちがもうかるんだというようなスキームをしっかり理解していただくような、そんな努力が必要であり、外に発信するのは当然外務省でございますので、しっかりと頑張っていただきたいというふうに思っております。

 次に、石綿使用における安全に関する条約について御質問をさせていただきたいというふうに思います。

 この条約が、みんなで石綿の使用を禁止していこうじゃないかということで、ILOで決まったのが一九八六年、今から二十年前でございます。簡単に言いまして、何で二十年もこれを批准するのにかかっているのかということは私にはちょっと理解できないな。それは、難しい問題があったんだ、代替品がなかなかなかったんだとかいろいろな理由はあるかというふうに思うんですけれども、この青石綿という一番危険なものを使うのをやめろと厚生省さんが初めておっしゃったのが平成七年でございます。約九年がたってからそのように禁止令が出ている。

 決してサボっていたわけじゃなくて、それまでにもいろいろな取り組みをなされておりますが、そのとき外務省は、こういう条約に日本も参加しようじゃないかと決めて帰ってきて、国内法の調整ということで、各省庁、関係省庁とやりとりをするというふうに思うんですけれども、しっかりやられて二十年になったのか、余りやってなくて二十年になったのか、その辺は一体どんな取り組みがあったのかということが知りたいんです。あわせて、何で二十年かかったかという外務省的な理由も述べていただけたらというふうに思います。

○町村国務大臣 私も、今回この条約を出すに当たって最初に思った当然の疑問は、何でこんなに時間がかかったのかということでございました。

 いろいろ聞いてみると、日本という国はある意味では大変まじめな国でありまして、条約を批准する以上は、それが完璧にできる体制ができてから批准をするというようなことがしばしばあるんですね。国によりましては、まず批准してしまう、そしてそれをある意味では一つのてことして国内対策を順次やっていく、そこのところは多少時間がかかってもいいじゃないかと。どうも、そういうアプローチの仕方の違いみたいなものも実際にあるようでございます。

 ただ、この石綿の問題につきましては、日本は、一九七〇年以来、国内対策を含めてやってきてはいるわけでありますが、条約が求める規制については、大部分は国内法令で実施されているけれども、なお完全には整合しない部分が何点かあるというようなことで今日までかかったということが一つあります。

 また、一部の種類の石綿の使用を禁止する。一部というのは、今言われた青石綿とか茶石綿というようなもの。これは、九五年、労働安全衛生法の施行令改正で全面禁止ということになったわけでございます。

 もう一つの非常に広く普及しております白石綿、これは建材とかブレーキパッドとか、こういうものに使われているようでございますが、これの安全かつ低コストの代替品の開発というものが進まなかったという実態があるようでございますが、近年ようやくこの代替品の開発が進んだということで、昨年の十月、労働安全衛生法の施行令によって、こうしたものを全部含んだものの大部分が規制できるようになった。

 さらに、きょうから施行の石綿障害予防規則、これは厚生労働省の省令のようでございますが、これの制定によって条約上の義務を完全に果たすことができるようになったというような条件整備が整ってきたので、今般、この条約を国会に提出したということでございます。

 ただ、随分時間がかかったなという御指摘は甘んじて受けなければいけないのだろうと思いますし、もっと早くこれはやるべきであったのであろう、率直にこれは反省をすべき点だろう、かように思います。

○大谷委員 ありがとうございます。

 条約に賛同するとか署名するということは、我が国の価値観であったり物の考え方をしっかりと世界に発信をするという行為でもあります。それで、条約に賛同したと国際社会の前で言ってきて、日本に帰ってきて結果的に何にもやらないようなことになってしまっているというのは、我々人間社会の中で、やるやると言ってやらない人がよくおられますよね。そういう人には仕事を任せないし、そういう人を信用しないというのと同じで、日本が信用されないようになるんじゃないかというのが私の懸念でございます。

 ぜひとも、今言ったように、今後条約云々かんぬん出てきたときにはしっかりと、戦略的なタイミングというのはもちろんあると思いますし、それは理解いたしますが、このような、石綿、人命にかかわるようなことをみんなでやめようじゃないかというようなことにタイミングなんてないというふうに思いますので、ぜひとも進んでリーダーシップを発揮していただけたらというふうに思います。

 厚生労働省さんにちょっと質問させていただきたいんですけれども、今大臣の方からやはり直観的には少し時間がかかったなという弁がございましたが、厚生労働省的には何で二十年もかかったのか、教えていただけますでしょうか。

○小田政府参考人 お答えいたします。

 我が国のこれまでの石綿の対策でございますが、古くは一九六〇年のじん肺法、いわゆるこの石綿条約採択の約二十六年前ぐらいから石綿に対する健康対策というものは行っておりました。

 この石綿条約の採択十五年前の一九七一年、昭和四十六年から、特定化学物質等障害予防規則などに基づきまして、石綿障害防止対策を講じております。一九七六年、この条約採択の十年前には、石綿の吹きつけ作業の原則禁止、あるいは特定作業における湿潤化義務づけ等の措置を行ったところでございます。

 また、条約採択後、一九八八年には、石綿の管理濃度の導入ということで、作業環境の管理を行っております。一九九五年には、先ほど外務大臣の方からもお答えいただいたのですが、アモサイトあるいはクロシドライトといった特に有害性の強い石綿の製造を禁止いたしまして、昨年の十月からは、石綿含有製品の当時の九五パーセントぐらいのものについて製造の禁止を行っております。

 こういった形で、条約の内容も尊重しながら、必要な国内対策に取り組んできたところでございます。

 このように、条約が求める措置につきましては、その大部分について既に措置済みでありましたが、国内法令の一部について、必ずしも完全に条約の内容と整合性がとれていないという部分もありましたので、そこを規則等の制定によりまして改善して、今回、批准をお願いしたいということに至ったわけでございます。

○大谷委員 この条約が国際機関で採択される以前から石綿の健康被害については認知をしており頑張っていたと。七一年には工場内で石綿を使うところにおいては、ちゃんとマスクをし、またエアコンフィルターをかけて作業をするようにというような規制があるということも存じ上げておりますし、前からやっていたということですけれども、これを禁止しましょうといって八六年に国際機関で決めたのですね。禁止しましょうというまでに九年かかっているのですよ。確かに二年後に基準をおつくりになるのですけれども、これは禁止しましょうぐらいすぐに言えたというふうに僕は思うのですね。その辺はどういう経過があってこうなったのですか。

○小田政府参考人 クロシドライトの禁止の関係だと思いますが、これについては発がん性が特に高く、条約でも禁止が明記されているというものでございます。この条約が採択された当時、我が国においてクロシドライトは、ほかの石綿と比べても耐酸性にすぐれているとか、あるいは代替品がないといった特徴があったために、禁止が難しいという状況でございました。その後の国内の技術開発によりまして代替品が使用できるというふうな状態になったことから、平成七年に製造、使用等を禁止したものでございます。

○大谷委員 厚生労働省というのは命を守る省庁だと思っているのですけれども、代替品がなかったから禁止しなかったという今答弁なのですか。

 僕は二十代中盤だったのですけれども、衆議院の調査局さんが調べてくれたものによると八七年から八八年だったということですけれども、当時学校パニックとか言われて、学校で石綿を使用していてこれは大変なことだということでパニックになって、夏休みにはぐるような作業が一斉に全国で行われたようなことがあって、ニュースに報道されました。

 私、そのとき石綿というものの危険性を初めて覚えたというふうに記憶をしているのですけれども、それくらい社会問題になっていて、その上で条約が世界的に採択されて、それでもって、商売人の味方をするのですか、代替品がないから、命に危険性が及ぶことをわかっていてずっとほったらかしていたという答弁ですか。

○小田政府参考人 これは昨年の十月に白石綿を九五%禁止したときも、残りの五%についてはすぐに禁止できないというふうな状況でございました。同じような状況でありまして、石綿というのは強度とかいろいろな特性がありまして、どうしても石綿を使わないと安全に作業ができない部分がありまして、その石綿の持つ特性における安全性と石綿を禁止したときのリスクとか、そういったものを比較考量いたしまして対策をとっているわけでございます。御理解いただきたいと思います。

○大谷委員 わかりました。

 もう一つ聞かせてください。部長にとって、条約が締結されるのに二十年かかったというのは、この厚生労働省で多分もう二十数年お勤めであるというふうに思いますけれども、一生懸命やって大体こんなものなんですか。それとも、やはりこれは特別に代替品が云々かんぬん、コスト・ベネフィットを考えた上での判断だったということでございますけれども、一生懸命やって二十年だったのですか。その辺は感覚的にどのようにお考えなのですか。

○小田政府参考人 大変難しい御質問でございますけれども、大体我々としては、石綿対策、ほかの労働安全衛生対策の中でおくれているとかということではなくて、業界と一緒になって努力してきた結果というふうに認識しております。

○大谷委員 わかりました。しっかり頑張ってくださいとしか言いようがないのですけれども、ただ、一般的に、普通に生活しておりますと、これに二十年かかったというのはどう考えてもすごくかかっているなと思うので、努力をし続けたというならば、何か違う穴を掘っていたのではないのかなというような気がいたします。

 そこは厚生労働委員会の同僚委員にまた御指摘をいただくとして、きのう、クボタさんの旧工場跡での石綿疾患による七十八人の死亡者があった、それから住民五人が発病したという報道がございましたけれども、これについて少しだけ教えていただきたいところがあるので御質問させていただきます。

 私にとって非常にショックだったのは、そこにお勤めだった従業員の方だけではなくて、御近所に住んでいた方も、これはもちろん確定していませんけれども、その工場で使われていた石綿の被害に遭って、そして肺がんというような疾病に見舞われてしまう危険性があるのだということであります。

 これは多分二十年から三十年、平均して三十五年ぐらいという人もおられますけれども、潜伏してそれで肺がん等々という病気になるわけなので、ますますこれからふえてくるというふうに思うのですね。ちょっと資料をいただきましたら、平成四年度に十四人だったのが平成十五年度には八十三人になっていて、どんどんそういうふうに労災を受けた方々がふえてきている。これは多分もっとふえていくと思うのですね。

 それで、当時工場に勤めていた人、使っていた工場というようなものとか、もう何か対策というか全体把握みたいなものをされているのでしょうか。病気的には、吸い込んでしまったものが取れるわけではないですけれども、全然知らなくて自分だけ労災を受けなくて、慰謝料を払っているようなこともあるかもしれませんし、ある程度のそういう実態把握、潜在的に被害を受けるであろうという方々の把握とかはできているのでしょうか。

○小田政府参考人 この石綿の対策でございますが、そういった工場等で作業していた方については特殊健診といった健康診断を行っておりまして、そういった中で早期発見、早期治療に努めているわけでございます。

○大谷委員 答えが出ていないということは、やっていないのですね。どれぐらいの会社で使われていて、どれぐらいの人が潜在的にどこら辺におられるということはわかっていないということですね。

 それに一つ答えてほしいのと、もう一個は、これは多分患者さんも出てくると思うのですけれども、石綿を使った、石綿というのは大体七割とか八割が建材だというのですけれども、これは古いビルや古い住宅にいっぱい使われている。その古いビルが三十年、四十年たって取りかえになってくる。その解体作業のときに、これはふわふわ飛んでいってしまうのではないかという不安を多くの市民の方がお持ちでございます。

 そこはシートをかけて、そんなことをしないように規制をするのだというふうに言っているのですけれども、どこのビルがどれぐらい石綿を使ったのか、そのときは目を光らせて見なきゃいけないとか、そういうような何か対策とか措置みたいなものを講じてあるのか、この二つを最後に教えてください。

○小田政府参考人 石綿の健康被害の把握につきましては、先ほど申し上げましたように、定期健診等で早期に疾病を発見するという形になっております。早期に発見された場合には、労災補償とかそういった形で対応するという形になっております。

 それからもう一つは、現在の石綿を含む建築物が解体された場合の対応についてでございますが、これまでも昭和四十六年から特定化学物質等障害予防規則によりまして、建築物の解体作業を含めました石綿が使用されております作業について、労働者の健康障害予防の観点から規制をしてきたところでございます。

 しかしながら、石綿はこれまで一九七〇年から大体九〇年ごろまでが使用のピークでございまして、これは建材として非常に多く使われておりました。今後は、かつて石綿を使用した建築物の解体作業が急増するということが予想されるわけでございます。

 ですから、再度石綿によって健康障害が起こる可能性もありますので、そこのところを強力な対策が必要であるということで、今回二十六年ぶりに石綿障害予防規則という規則を安全衛生法の中に設けまして、本日それが施行されました。

 これは、先ほど申し上げましたように、主として建築物の解体作業に当たって、作業に従事する方、あるいは作業の周辺の住民等にそういった石綿が飛散することがないようにということを最大の主眼にして規則をつくっております。この規則が徹底されるよう、必要な指導を行ってまいりたいと。

○大谷委員 ですから、何人ぐらい潜在的に将来こういう犠牲になられるような方がおられるのかというのはわからないのですか。

 ある学者の方の推計によりますと、十万人ぐらいというような数を聞いたことがありますし、人口動勢を見ますと、肺がん、腫瘍で死んでいる方々というのは大体年間八百前後だというふうに聞きますから、これから二十年間、潜伏期間を過ぎて発病される方が出てくるとするならばウン万人というようなことが言えるのですけれども、軽はずみに数字を言えないから言っていないというのはわかりますけれども、そういうことを想定した上で、これは大きな問題になるなとしっかりやろうとしているかどうかが聞きたいんです。何も数を聞いているわけじゃないんですよ。その辺、はっきりしてください。

○小田政府参考人 委員御指摘のように、石綿の健康被害というのは、大体三、四十年して肺がんあるいは胸膜中皮腫という形で起こってくるわけでございます。

 この石綿の使用量というのは、一九六〇年代から急増しまして、七〇年から九〇年代にかけてピークになっている。ということになりますと、それから三十五年、四十年後というのがこれから始まるということで、現在、労災の認定がかなり急激に増加してきております。これが将来どれくらいになるかという御質問についてはなかなか予測が難しいものでございますが、ただし、この傾向はまだまだ続くだろうというふうに思われます。

 そこで、私どもとしましては、そのことを非常に深刻に受けとめておりまして、この対策として、先ほど申し上げましたような健康診断、あるいは、これは大体長期間かかっておりますので、退職されている方が非常に多うございます。そういった方には健康管理手帳というものを交付して、継続的に健康診査をしていくというふうな制度がございます。そういった中で、早期発見して早期治療、あるいは補償に結びつけるということに全力を挙げていきたいというふうに考えております。よろしくお願いします。

○大谷委員 ぜひともそのようにお願い申し上げます。

 時間がなくなってきましたので、ODAの方に話を移させていただきたいというふうに思います。

 先月の二十八日、小泉総理が官邸にアフリカ各国の駐日大使をお呼びになられまして、五年間で五十億ドルぐらいを柱とするアフリカ支援をしていきますよと。具体的には何項かあって、数字が出ているのは、三年間でアフリカに対するODAの額を倍増いたしますよと。今が五百十億円ぐらいだったと思うんですけれども、これを倍増するということは、もう五百億追加して千億円ぐらいにするわけです。

 私には少し唐突のような気がするんですけれども、何でアフリカだけ急に三年間で倍増になってしまうんでしょうか。どんな国家戦略からこういうことが出てきたのか、もちろん裏には背景があるということは重々承知しておるんですけれども、大臣におかれましてはどのように思っていらっしゃるのか、教えてください。

○町村国務大臣 日本のODA全体の考え方につきましては、ODA大綱というものによってそれをお示ししているわけでありまして、ODAを通じて開発途上国の安定と発展に積極的に貢献をする、そのことが日本の利益にもつながるんだということでありますが、特にアフリカの問題につきましては、日本は率直に言って六〇年代、七〇年代、八〇年代はどうしてもアジア中心ということで、今でもそれはアジアが中心なんでありますけれども、アフリカについて言えば相対的に手薄であったということは確かにあろうかと思います。

 九〇年代に入ってから、やはり国際的な動きの中でアフリカというものにも日本がしっかり取り組まなければならないだろうということで、TICADというプロセスを九〇年代になって始めておりまして、このTICADによりまして、非常にアフリカ諸国に対して日本が積極的に取り組むんだということを幅広い御理解をいただくようになっているわけであります。

 何でここに来て急にという御指摘でございますが、ことしはアフリカの年、こういうふうに国際的にも認識されているところでございます。また、ミレニアム開発目標というのが二〇〇〇年に決められましたが、その中で幾つもの項目、例えばHIV、エイズでありますとか、あるいはその他保健衛生の問題、いろいろな項目において、やはりアフリカというものが大変大きな、国際的に取り組まなければならないターゲットであろうということは、そのミレニアム目標の中でもはっきりしているということもあるわけでございます。ことしのG8サミットにおいても、アフリカと気候変動問題というのが二大テーマであるということでございます。

 そういう中で、日本としても今まで以上に取り組みを強化していこうという考え方で、四月にアジア・アフリカ首脳会議がインドネシアで開かれた折に、小泉総理の方が、二〇〇八年にTICADIVを開催するということとあわせまして、今後三年間でアフリカ向けのODAを倍増し、その中心は主として贈与、グラントでやっていこうという考え方を示したわけでございます。

 そういう意味で、アフリカというものに日本も今まで以上に積極的に取り組んでいこうという姿勢をわかりやすく具体的に世界に示すという観点から、三年で倍増ということを申し上げ、その具体の中身は、先日、アフリカの大使の皆さん方に小泉総理の方から、主として五項目という形でお示しをしたところでございます。

○大谷委員 もちろん、貧困解消ということで、ある統計によると、この地球に住む二人に一人が一日二ドル以下の生活をしておりまして貧困にあえいでいる。これは人類の課題として絶対的に解決していかなければいけないことだ。それがアフリカに多い、だから一生懸命やっていこうというのには、私は異論もないですし、それはしっかりやっていかなきゃいけないというふうに思います。

 しかしながら、決めたわけじゃないですけれども、大体日本というのはアジア地域のODAというか開発を担当し、アメリカは南米、中南米というようなところを担当し、それでもってヨーロッパ先進国はアフリカを担当してみたいな流れがあったわけですよね。その流れの中で、日本は特に経済上も歴史上もアジアが大事だということで、アジアということで頑張ってきた。

 そこに、やはりアフリカの年だからアフリカに力を入れますと言われると非常に何か当惑を感じまして、私などが懸念するのは、では来年が中南米の年になったら中南米のODAを倍増するのかという話になってしまうわけでございます。

 これは、今度のサミット議長国でありますイギリスのブレア首相が、アジェンダセッティングを、議長国ということでリーダーシップを持ってされたということが大きいんだというふうに思うんですね。それに対して、アメリカもそうだなということで、七百三十億円ぐらいを緊急支援して農業や食糧支援などに充てるというようなことを米国務次官補代理のグリーンウッドさんが新聞のインタビューに答えておるわけなんですけれども、フランスなどはエイズ対策に力を入れていきますよと言っているわけですね。

 イギリスは、アフリカ委員会というものをつくって、自分自身のアフリカレポートというのをまとめて、重積債権の放棄をしようだとか、農業国としてアフリカが成り立つように、砂糖だのというようなものに先進国が自国で補助金を渡しているんだったら、その補助金をやめて、みんなでアフリカの砂糖が買えるような世界構造にしていこうやといって、私はそんなのは現実性が伴うのかなと思うのですけれども、一生懸命真剣に考えて案を出しておられます。

 そんな中、日本も、アフリカが大事だ、貧困を解消していかなきゃいけないということに何ら違和感は感じませんので、やっていこうというのはわかるんですけれども、ここはやはりしっかり理念みたいなものを持っておかないと、さっき言ったように、来年が中南米の年で、再来年がもしかしたら南米の年になってしまって、毎回倍増しなきゃいけないということになってしまいますので、ここはしっかりと何か哲学、理念。これは戦略と言うと嫌らしく聞こえるので、哲学、理念みたいなものを持っていないといけないというふうに思います。

 さて、それが倍増したときに、使い方の中に出てきているのかというと、出てきているというふうに大臣はお考えですか、今五つの点というふうに出ましたけれども。

○町村国務大臣 確かに、委員御指摘のように、別にだれが決めたわけではなくても、日本はやはりアジアを一生懸命やっていく、ヨーロッパはアフリカ、アメリカは南米、中南米というような、それは地理的あるいは歴史的、経済的なつながりというようなこともあるんだろうと思います。

 アジアは、もちろんそれぞれの国の自助努力を前提としつつ、日本の援助も効果的に組み合わされたこともあって、六〇年代、七〇年代は、一人当たり所得を比べてみましても、むしろアフリカの方がアジアより高かったんですね。ところが、八〇年代以降、アジアの急速な伸びの結果、今やアジア諸国の一人当たり所得の方がアフリカをかなり上回る。アフリカはむしろ停滞をしている、あるいは少し下降ぎみであるという大変驚くべき現実があるわけでございます。

 したがって、引き続き対アジア援助が中心になるということは変わりはないとは思いますが、アジアでも援助卒業国というものがだんだん出てきているという実態を考えたときに、相対的なウエートがアフリカが高まるということは、私はある意味では自然の流れなのかなというふうにも思います。

 しかし、特にアフリカについてということで申し上げますと、さっき五つの、五本柱ということを申し上げましたけれども、一つは保健と開発ということで、エイズ、結核、マラリア対策というのは非常に大きいということで、当面五億ドルというものをそこで重点的に拠出をしていこう。あるいは、マラリア対策ということで、蚊が非常に媒介するものですから、一千万張の蚊帳をアフリカ諸国に配付しよう。随分原始的な方法だと思われるかもしれませんが、蚊帳というのは非常に喜ばれておりまして、これは安くてかつ非常に効果的だということでございます。

 それから二番目の柱が、平和の定着に向けて人間の安全保障というものをかねてより日本が訴えているわけでございまして、こうした面の対策、DDRでありますとか地雷対策、小型武器の回収等々いろいろな、まだまだ地域紛争がたくさんあるものですから、この面の対策をやっていこうというのが二番目。

 三番目が農村あるいは農業の振興ということで、何といっても主産業は農業でございますから、日本の農村政策あるいは農業の生産性向上対策というものを我々も随分経験してきているわけでございますので、これを何とかアフリカにも適用できる部分があるのではないだろうか、これが三番目の柱。

 四番目は、援助も必要ですが、同時にやはり貿易・投資といった民間の活力というものも大切ではないだろうかということで、例えば、昨年十一月、TICADアジア・アフリカ貿易投資会議というものを日本で開いたりいたしましたけれども、こうした分野での、政策的には貿易保険の活用等々によりまして、貿易・投資の促進もしていこう。

 五番目が、アジアの経験をアフリカに生かすということで、今後四年間で一万人を目標として、青年協力隊のアジア版といいましょうか、アジアの青少年にアフリカに行ってもらって、そしてアジアの経験をアフリカに生かしていくというようなこと。

 この五つを五本柱として、今後大いにアフリカ支援を充実していこう、こういう考え方でございます。

○大谷委員 最後の一つは非常に共鳴を受けますし、頑張っていただきたいというふうに思います。

 でも、最初の四つはほとんどアメリカと一緒ですし、今までやってきたことと一緒なんですよね。日本らしさというか、やはり日本だなというような何か理念とかと言えるものが感じられない。人道支援、経済復興支援というのは当然そういうものだと言われればそういうものなんですけれども、やはりそこは一ひねり工夫をしていかなければいけないというふうに思っているんですね。

 今まで、戦後ずっとアフリカに大体五十五兆円ぐらいのお金がつぎ込まれてきたけれども、アジアに比べたらなかなか貧困が解消されていない。それはやはり政治体制云々かんぬんの問題があるんだというふうに思うんですよ。大臣はサミットに行かれませんのでしようがないですけれども、ぜひとも総理に、こういうお金をいっぱいつぎ込むということも大事だけれども、それと同時に、政治体制、民主主義ということになると思いますけれども、ということを定着させるようなことが必要なんだということをぜひともサミットで述べるように御助言していただけたらというふうに思います。

 それで、日本の特色ということなんですけれども、やはり日本の目玉でいくと、人道支援と経済の復興ということで、特に経済ということで頑張ってきたんですけれども、やはりここに至って文化というものが大事になってきた。

 その文化というのは何かというと、相手の国の歴史や生活様式や、またその営みというようなものをしっかりと理解していますよ、尊敬していますよ、その上で、しっかり一緒に人類として生きていきましょうやというようなことを一言で証明するというか、行動で示すということが相手の文化を守るというようなことじゃないかな。そういうような、何かもう一つの柱が要るんじゃないのかなというふうに思っています。

 それの一つ具体的なものが、いわゆる今まで外務省が文化無償スキームの中でやってこられた文化財保護だというふうに思っていて、僕などはこれにもっともっと力を入れていって、日本の援助というものの一つの理念を示すようなツールにでもしていくべきじゃないのかなというふうに思っています。

 時間がないので先に僕が言ってしまいますけれども、一九七五年から二〇〇四年まで、百七十一件、八十三億円のお金を使って文化無償資金協力をやってこられたわけなんです。もう一つ、ユネスコに日本基金というのをつくりまして、それで毎年大体平均して一億五千万円ぐらいを使ってアンコールワットからバーミヤンというような遺跡を直したりしているわけなんです。

 例えばアンコールワットにしても、一つの塔は直しました、図書館も直しました、だけれどもまだまだかかるんですよね。直すというのは、お金を出すだけじゃなくて、修復技術というものを日本も持っていくし、また向こうに人を育てようということで人物交流もできるし、そして何よりもその間、これは歴史物ですから歴史を語れるようになるんですね。こういうことこそ本当に、あなたたちを、私たちをということで理解し合える場であり、そういう大きな大きな文化というものを理解し合えるような大切な支援だというふうに僕は思っているんです。

 例えば、僕が思っているのは、ウズベキスタン、シルクロードのところにあるわけですけれども、これを日本が平成十四年に、二千五百ぐらいある歴史建造物を一億四千万円かけて直しているんですけれども、ほんの一部の一部の一部でありまして、まだまだたくさん残っているんですね。シルクロードといったら、日本に西洋文明が伝わってきた一つの通り道で、だれもがロマンを感じ、だれもがそれを知っているところでありまして、そういうところに継続的に援助というか、ともに人類の遺産なんだということで一生懸命支援をしていくということは必要だというふうに思っています。

 また、私、新婚旅行はベトナムだったんですけれども、フエに一九九七年に行ったんです。日本のお金でもってフエの遺跡の門が直されているわけなんです。そこで私、妻と写真を撮りました。きょう送ってもらおうと思ったけれども、間に合わなかったし余りにも私ごとなのでやめました。それを見て、僕はこう思ったんですよ。ああ、これは日本が直したのか、日本ってすごいことをやっているなと。九七年ですから、全然、議員になる前ですけれども、非常に自分自身日本の国に対して誇りを持ったんですよ。

 それで、周りの人がどれぐらい、このフエの遺跡の門を日本人が日本のお金で直してくれたかというのはわかりません。多分広報外交でしっかりやってくれているんですから、しかるべきは知っているだろうというふうに思いますけれども、それを知ったとき、やはりお互いが感動するわけですよね。こういうものこそ心に残るもので、橋ができたことも大事だし、お薬が届いたことも大事だけれども、文化という自分のアイデンティティーにずっと響くようなものをしっかりやっていかなきゃいけない。

 今、ベトナムではタンロン遺跡というのがありまして、ハノイに新しい国会議事堂をつくろうと思ったら、そこが六世紀から七世紀、八世紀ぐらいの時代の遺跡だったということがわかったわけなんですよね。それで、これは何とかしなきゃと言っていて、聞いてみたら、何と阿倍仲麻呂が遣唐使として、七六一年から七六七年に、当時中国がベトナム、この地域を支配しておられましたから、中国のいわゆる科挙を通った官僚として、長官としてこの地域を六年間治めていた。もしかしたら提督といううわさもあるんですけれども。まさに中国に留学に行った人がそこで偉くなって、ベトナムの地域を日本人でありながら統治していたというような、そんな文化というか人の交流もあったようなところであります。

 これはぜひとも日本に調査を一緒にやりましょうやというようなことをベトナム政府が、カイ首相がこの前小泉さんと会ったときに話をしているわけなんですけれども、こういうことをやることが、私は、本当に長く響くような援助になるんじゃないのかなというふうに思っておるんですが、町村大臣はどのようにお考えなされますか。

 予算を見ると、これは全体で、文化無償資金協力というのを見ると、大体二十億なんですね。二十億去年あって、本年度は十七億に下がっているんですよ。草の根文化無償というのをふやして頑張っていくということですからそれはそれで大事なことなんです。しかしながら、こういう、文化財を守っていこうという日本のアイデンティティーや理念をすごく発信できるようなテーマが、予算は下がってしまっている。でも突如アフリカが三年間で倍増する。

 それはそれで貧困解消には大事なんだけれども、だったら同様に、こういうものも日本が、サミットのときじゃなくてもいいけれども、いろいろな国際会議の場で総理や大臣がアジェンダセッティングをして、日本はこういうことを大事にしているところなんだ、お薬やまた橋をつくるだけじゃないんだということをしっかりと示していくべきだというふうに思うんですが、大臣のお考えはいかがでしょうか。

○逢沢副大臣 大変すばらしい、また重要な点について着目をいただき、御指摘をいただきました。外交をつかさどる者の一人として、委員と共通の思いを持っている、また認識を持っているということを申し上げさせていただき、またこういった公の場で御指摘をいただいたことに感謝を申し上げたいと思います。

 先生おっしゃったとおり、まさに文化財を人類共通の遺産として守っていくということ、そのことを通じて、民族、宗教の違いを乗り越え、お互いを尊重する、あるいはまたお互いが誇りに思っているものを認め合う、それが外交のベースになくてはならないと思います。また、日本外交の今後を展望するときに、まことに重要な視点であろうかというふうに思います。

 財政のことについてもお触れをいただきました。全体において非常に厳しい中、着実に、こういった文化関係の予算確保にも、もちろん国会の御努力もいただきながら成果を上げていかなくてはならないと思います。

 一昨年の秋、私自身、パリに参りまして、委員御指摘のアンコール遺跡、日仏で協力をして十年やってきた。それをレビューしよう、そしてさらに、そのレビューの上に立ってより一層効果を上げよう、そういうユネスコ主催の会議に出席をさせていただきました。

 当時フランスの外務大臣をなさっておられたドビルパン外相と共同議長をさせていただいたわけでありますが、そういう場にあって、日本の文化協力、またそういった人材や技術を日本がしっかり涵養している、そのことのアピールも大事だなということを、国際会議に出て私自身肌で感じたわけでありまして、御指摘を踏まえて、より一層日本外交の新しい大きな柱に育てるべく努力をしてまいりたいと思います。御協力もどうぞよろしくお願いします。

○大谷委員 ありがとうございます。

 ただ、この文化というテーマはみんな大事だ大事だと言うんですよ。実際にやはり行動を伴う。行動を伴おうと思ったら、お金がひっついてくるということでございますので、お金を出せと言うとお金はないと言われてしまいますので、こういう具体的な案件があって、これは非常に日本国の国益を守るためには必要なんだというようなアジェンダセッティングを、具体的な例をもって、今、僕はベトナムとウズベキスタンの例を出させていただきましたけれども、ほかにもいっぱいあると思いますので、ぜひとも大臣のお口からそういう言葉が諸外国のリーダーに発せられるようにしていただきますようにお願いをいたしまして、質問を終わりたいというふうに思います。

 ありがとうございました。


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